syu ü e Roman

掃いて捨てるショートショート。

二十一歳の彼女はもう無い。

 十七歳の時に開けた左耳のピアスの穴が二つとも塞がっている事に気が付いた。十年にも満たない、悠久の様にも感じれていた日々が、たった二つの穴が塞がっただけの事で、多少の変化を持って進んで行っている事を気付かせる。


僕の身体の細胞だけが死滅して再生している。
心は何も成長していない様に思えた。

 


 十八歳。何の学びも得ることが無かった高校の卒業式の日。
卒業祝いに貰った揺れる三日月のピアス、カーステレオから流れる安っぽい音になってしまったエルトン・ジョンの嗄れた声。重ねた指の薄さと生温さを今でも憶えている。
 その後に、殆ど手を付けていない祝福のケーキをワンホールごと床に落として、笑いながら写真を撮った事も。

 


 十九歳。卒業から半年を待たずに十九歳になった。卒業式のあの日以降の記憶は酷いものばかりで「ついに十九歳になってしまった」と、何故か、まるでその歳が節目かの様に“十九歳”と言う、その年齢を見ていた記憶がある。
 怠惰を重ねて、少し気が触れていた一年間だった気がする。

 


 二十歳。呆れるほどに白い朝と、アルコールに爛れた胃から上がってくる胃液の匂い、色をなくしたアスファルトの上を歩く音。
街を飾る頭の悪いイルミネーションの電球。
 少し歩くと、誰も居ない筈なのに何故か騒がしく感じた。
十九歳の時に感じた節目の様な感覚がなくて、怠惰を拭えないでいた。

 


 過去をなぞる様に、右手で二つの穴が塞がった左耳に触る。
穴が開いていた筈の場所は少し硬いしこりの様な物が残っていて、何も残らなかった自分の過去と重ねてはいけない様な気がして、右手を離す。

 この街は、あの頃過ごした街程、白くは無いし、透き通ってもいない。

 透き通った街が嫌いで、すぐにでも離れてしまいたいと思った二十一歳。
何の計画も無く街を出た。落ち着きのない心は地図を持たなかった。

街には、誰も残す事なく捨てて行くつもりだった。

 


 二十二歳。言葉を書けなくなってしまっていた。
折角、手にした六畳ばかりの自分だけの広い国も僕を隔離するサナトリウムの様に思えていた。
 それでも、無理に出した言葉が少しだけ誰かに触れたりしてサナトリウムに居心地の良さを見出していた。

 


 それから今の今まで空っぽで、でも、もしかするとそこには何かが詰まっていて、それに気付かないフリをしているだけかも知れない。


 今日は街の空気が冷たくて、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ、透き通ったあの街の事を愛おしく思えた。